ふむふむつうしん 第11回

ただいまあちらこちらでツバメが子育ての真っ最中。スーッと飛んできて軒下に入るツバメを見かけると、そこにはツバメの巣。肩を寄せて並んだヒナたちが、エサちょうだいと猛アピールしています。親ツバメは大忙し。なんとなんと、5羽のヒナに1日で639回エサを運んだ記録があるそうです(※1)。


今月のおやこふむふむは、今ふむふむで注目している「対話」がテーマ。今回もインタビューゲームを通して、対話の姿勢、親子の対話について考えました。聴き手に徹することで感じられる感覚が、普段の自分の他者との向き合い方への気づきを与えてくれます。そして自分が話した言葉が相手を通って(編集されて)返ってくると、違う角度から自分のことが見えてきます。役割に徹して聴き合うことで生まれる相互作用が、自分自身と相手を尊重する姿勢を深めてくれます。これこそ対話の姿勢です。インタビューゲーム初体験の参加者からは、普段子育てや家事に追われてあっという間に過ぎている自分の毎日だが、自分なりに有意義な時間を過ごせていることに気づいた、子どもと早速対話しようと思ったと。そして、おやこふむふむで自分が学ぶ時間を持つことで、子どもを見つめなおせているという変化を話してくれました。今後の親子の会話が楽しみですし、ふむふむが日常に活かせる学びの場であることがうれしいなと思います。


一方、5月のふむふむ前半は自然から学ぶ日で、テーマは「五感力」。五感とは、味覚、聴覚、嗅覚、触覚、視覚の五つの感覚。五感についての著書の多い作家、山下柚実さんの本を参考に、まずはそれぞれの「五感の故郷」の引き出しを開きます。印象深い五感の体験を書き出してみるのです。みなさんはどんな五感体験を思い出しますか?

味覚:初めてビールを飲んだ時の苦さ、小さい頃綿あめを食べたときの感激、、、

聴覚:お祭りのお囃子の音、仕事から帰ってくる父親の足音にお土産を期待したこと、、、

嗅覚:剣道の防具の臭さに気を失いそうになったこと、赤ちゃんの匂い、、、

触覚:五右衛門風呂の熱さ、田んぼに足を入れたときの感覚、、、

視覚:停電の真っ暗闇の思い出、夏の入道雲、、、などなど他にもたくさんあがりました。

山下さんは意識して磨き高める感覚として「五感力」という言葉を使っています。斎藤孝さんも山下さんとの共著(※2)の中で、「感覚というと生まれつき備わっているかのように思われがちですが、実は非常に文化的な産物で、生活体験の中で培われていくもの」と書いています。しかし今の効率重視、情報頼りの生活の中で、五感で感じる体験がないがしろになっていないかと。五感力を磨くためのワークをいくつかやってみて、自分たちの眠っている感覚を呼び起こしてみました。「五感」を刺激すると脳細胞が活性化することもわかっています。意識を変えるだけでも、生活の中で五感力を鍛えられることは多そうです。

                                    (ソガベ)

※1 『ツバメ (田んぼの生きものたち)』神山和夫、渡辺仁、佐藤信敏著 農山漁村文化協会

※2 『「五感力」を育てる』斎藤孝、山下柚実著 中公新書ラクレ


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# by tomotomoso | 2018-06-11 21:15 | ふむふむつうしん | Comments(0)

ふむふむつうしん 第10回

「ふむふむつうしん」が第10回!「この指とまれ」の376号という数字と比べたら、たった10回。でも比べなくてよいのです!書くことは苦手だし、3日坊主の代表になれると常々思っている私が、10回続けて書けたことがすばらしい!やればできる?!これもひとえに釘宮さんの「もうすぐ編集日」「原稿待っていますよー」と目が合うと言い続けてくださるエネルギーのおかげ。そして毎回のふむふむの時間が充実しているおかげです。


さて、学び舎ふむふむ4月の前半は、哲学・言葉の日で、テーマは「対話」。「対話」は先月にも取り上げたテーマですが、その時にもう少し続けてやってみたいという要望があったので、ぜひ!とテーマ変更。まずは、「らくだメソッド」の「インタビューゲーム」を短時間バージョンでやってみました。「インタビューゲーム」は、二人一組になって限られた時間互いにインタビューし、聞きとったことを短時間で文章にまとめ、声に出して読み合うというもの。私は初めての体験でした。聴くに徹して話を聴くこと自体も面白く発見があり、相手のフィルターと言葉を通して自分の話したことをきいてみることも新鮮な感覚。相手を知り自分を知る合気道の稽古に似た感覚がありました。ある参加者は、相手がまとめてくれた自分の話をきいて、思っていたより私は仕事が好きなんだなということに気づいたと。インタビューゲームは繰り返してやることで見えてくることがありそうです。

 「対話(ダイアログ)」とは「自分の立場や考えに固執せず、お互いの発言を深く探求しながら、共通の意味を探し求める」「ディスカッションが相手を論破して自分の考えを通そうとするのに対して、ダイアログでは相互理解を深めようと、相手の考えの背景を理解しようとする」(※1)、会話の在り方です。まさに「ふむふむ」の姿勢なのですが、会話をしている時の互いの姿勢によって、会話はまるで違ったものになります。内田樹さんはコミュニケーション能力について、「言いたいことをロジカルにわかりやすく滑らかに表現できる能力」ではなく、「コミュニケーションが断絶してしまったとき、つまり、言葉が通じない、相手の意志がわからない、目の前にいる人間に共感できないというコミュニケーション失調状態から抜け出す能力のこと」(※2)と言います。そしてコミュニケーション失調状態を回復するためには、「相手に近づく。相手の懐に飛び込む。・・・。相手の知性に対する敬意の表現であることが伝わるなら、行き詰っていたコミュニケーションはそこで息を吹き返す」と(※3)。自分が普段どんな会話をしているか、どんな姿勢で話を聴き発言しているか、それぞれ見つめてみるよい時間になったと思います。

 

 4月後半はそもそもをたどる日でテーマは「身体感覚」。内なる自分の身体の自然について考えました。すると自分の身体と対話ができてきるかについて意識がいき、自分自身といかに向き合っているかが、他者と向き合う姿勢に影響を及ぼすことに思いが至ります。自分とも他者とも対話の姿勢を持つと、何か変化が起きるかもしれません。            (ソガベ)  


※1『ワールド・カフェをやろう』香取一昭・大川恒著 日本経済新聞出版社

※2『憲法の「空語」を充たすために』内田樹著 かもがわ出版

※3 内田樹研究室 ブログより抜粋 http://blog.tatsuru.com/2013/12/29_1149.php


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# by tomotomoso | 2018-05-07 18:37 | ふむふむつうしん | Comments(0)

ふむふむつうしん 第9回

すっかり春ですね! 冬に観察した木々の芽たちが、春の光を浴びて目覚めたように急に膨らみ始める様子に、改めて感動した今年の春です。ふむふむでは毎回最初に『日本の七十二候を楽しむー旧暦のある暮らしー』(文:白井明大 絵:有賀一広 東邦出版)を用いて、その日の七十二候を確認しています。紹介されている旬の野菜、旬の草花、旬の野鳥等を知り、失われている旬を感じる感覚を呼び覚まそうとしています。知って意識してみることで気づけることが多々。少しずつ知識に頼らず直接感じ取れるようになりたいなと思います。

今月のおやこふむふむは哲学・言葉の日で「「生きる」を考える」がテーマ。私たち誰もがひとつの受精卵から始まった生きものであり、自然の一部である、というところに戻るところから始めました。そして、子どもたちにどう生きて欲しいかと願う前に、自分たちはどう生きているか、どう生きたいかということを意識しながらそれぞれの思いを話していきました。こどもが投げかけてくる素朴な疑問、「なんで自分は生まれてきたの?」や、「何のために生きているの?」という質問にどう答えるかも考えてみました。「こども哲学」シリーズの『人生って、なに? 』(オスカー・ブルニフィエ (),ジェローム・リュイエ (イラスト))も参考にしてみました。おとなとこどもで多少視点が変わっても、表現方法が変わっても、共通した問いを持っている仲間。これからもこどもと一緒に考えていきたい、と話すおかあさんたちがとても頼もしく感じました。

学び舎ふむふむ3月の前半は想像・体験の日で「「もしバナゲーム」から「対話」へ」でした。「もしバナゲーム」は、人生の最期にどう在りたいか、という「もしものための話し合い(=もしバナ)」をするカードゲームです。これは亀田総合病院(千葉県鴨川市)の緩和ケアの医師たちがアメリカで作られたゲームをもとに開発したもの。カードに書かれた「家で最期を迎えたい」「痛みがない」等々の死を目前にしての願いや思いから、自分の気持ちに近いものを選んで、家族や友人、支援者と、お互いの考えや思いを伝え合ったり聴いたりしていきます。縁起でもないことと敬遠しがちなテーマでも、カードを用いることで構えすぎることなく具体的に話せ、自分と相手の考えや価値観を整理するきっかけになります。他者の意外な選択に驚きその理由をきくと、あ、なるほど大事かも、その視点はなかった、と納得して、その場で自分の意見が変わったり、納得できるけど自分は違う選択をするかなと思ったり。一方、180度違う意見かと思いきや、着眼点の差でしかなく実際は大差ないことも。人の考え方感じ方はそもそも様々で、さらに状況によって変わるものでもあるからこそ、「今、この瞬間」のやり取りの中で、率直に伝え、素直に聴く「対話」の姿勢を大事にしたいと思います。

 そして3月後半は自然から学ぶ日で「桜から日本の春を感じる」でした。桜の花の種類や歴史、桜と日本人の関わりなど、様々な角度から桜をみつめてみました。今年の桜はどう映り何を感じるか楽しみです。 (ソガベ)  
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# by tomotomoso | 2018-04-27 23:36 | ふむふむつうしん | Comments(0)

ふむふむつうしん 第8回

先日のふむふむ終了後、ふむふむスタート時から毎回参加しているメンバーの方から、嬉しい言葉をもらいました。ふむふむに通い始めてから、人間関係がぎすぎすしなくなって楽になった。そういう見方もあるんだね、この人にとってはそうなんだねと、前より一歩ひいて物事を見られるようになり、心に余裕がでてきた。ふむふむで過ごす時間には、学びの中にちゃんと心がついていく感じがある。安心できる雰囲気の中で、参加者同士で気づきや考えを伝えあうことでの発見もたくさんある。毎回1枚書いていく発見カードも、それらの助けになっているのを感じていて気に入っていると。オリジナルな学び舎を、と考えてきているふむふむ案内人のふたりにとって、とても嬉しく励みになる言葉でした。

視点・視座・視野を変え、多面的に物事をみる眼、先月取り上げた世阿弥の言葉でいう「離見の見」(自分自身を俯瞰して見る)は、ふむふむでとても大事にしているところです。違っていいよね、同じでもいいよね、というやわらかい姿勢も大事にしています。安心や信頼を基本とした他者との対話の積み重ねが考える力となり、そこにまた安心と信頼が生まれるという好循環を感じています。定期的に通って共に学びを重ねる場としての「学び舎ふむふむ」の強みです。

  

 そして2月からは「おやこふむふむ」もスタートしました。子育て中の方を対象とした、子どもを連れての参加が可能な月1回の学びの場です。基本的には「学び舎ふむふむ」と大きく変わるものではないのですが、親としての立場や視点から離れて、「私」として「もの、こと、ひと」を見つめられる時間になるように準備しています。今回は3人の育児中の方が参加してくださり、「自然から学ぶ日」を体験してもらいました。子育て、仕事、家事と目まぐるしく過ぎていく毎日の中で、自分が学ぶ時間を持つことがなかったので新鮮だった。自分のことは見えてないんだな、自分の経験で物をみていたなと感じた。自分を知る機会になった。今後は違う視点を持つことができそう。身近な自然をもっと子どもたちと一緒に自分も感じたいと思った、といった感想をいただきました。最初は何をするんだろう、何をさせられるんだろう、と少し緊張気味の参加者たちも、終わりには晴れ晴れした顔をして帰っていきました。親たちの心の目が開かれると、親の姿をよく見ているこどもたちの心の目も自然に開いていくの感じます。そしてこどもたちの反応からおとなは多くのことを学べる。親も子も育ちあう間柄であれたらと思います。


ちなみに、2月の学び舎ふむふむは前半が「暮らしの知恵から学ぶ日」で「「茶道」を通して日本文化をみる」、後半は「想像・体験の日」で「一枚の布・一枚の紙から ~風呂敷と折り紙~」というテーマでした。今までやってきたテーマとのつながりもどんどん見えてきて今回もおもしろかった!来月も楽しみ!!とだけお伝えする出し惜しみ作戦で今回のふむふむつうしんは終わります!体験できますのでご参加お待ちしています♪ (ソガベ)


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# by tomotomoso | 2018-03-27 06:46 | ふむふむつうしん | Comments(0)

ふむふうつうしん 第7回

「大寒」という見るも寒い名前がついた時期にちゃんと寒波がきて、寒い寒いと騒いでいると、その次には希望を感じる「立春」がやってきます。裸の木々の冬芽たちは確実に大きくなってきていて、騒がず静かに春に向けて準備をしている姿勢に、頭が下がる思いもします。でも、すれ違った知らない人と目が合って、「寒いですね~」と何気ない会話を交わす喜びもあるなぁと思います。

 

 1月前半は自然から学ぶ日。テーマは「冬芽」でした。皆さんは「冬芽」という言葉や実際の「冬芽」にどのくらい馴染みがあるでしょうか? 冬芽(ふゆめ・とうが)は晩夏から秋にでき、冬を越して春に伸びて花芽や葉芽になる芽をいいます。ふむふむ案内人の私は東京から豊田にきたばかりの2年前、冬芽観察会というものに参加して、おぉっ!、こんな様々な姿をして冬越ししていたんだ!とびっくり。花が咲いている時や実をつけている時など、何か強く気を引くものがあったときだけしか身近にある植物も見ようともしていない自分に改めて気づかされた経験です。今回は改めてみんなで冬芽についてみていきました。

 冬芽の中には葉やつぼみがていねいに折りたたまれて入っています。冬芽は冬の寒さや乾燥に耐え、病虫害から身を守って春を迎えるための工夫に満ちています。毛皮をきているものや、芽鱗(がりん)と呼ばれるまさしく魚の鱗(うろこ)のようなものをまとっているもの、芽鱗を持たず裸だけど小さな毛を被っているものなど。その土地の気候や、寒さに強い弱いの性質によって、個性豊かに装備しています。また、落葉した部分に残る葉痕の形がいろんな顔に見えてかわいいこと。生きるための工夫や知恵、そしてその個性あふれる冬芽の姿に、冬芽はえらい!冬の楽しみが増えた!と参加者一同元気をもらいました。

 

この日は、新年第1回目であったこと、学び舎ふむふむが昨年7月に始まって半年たったこともあり、この半年間のそれぞれの発見や変化などの振り返りもしました。定期的に通って参加する中で、日常生活における社会の中や家庭の中の役割から一歩離れ、素の自分になって自分や物事を客観視できたり、他者との共通点や違いを豊かに感じ合ったりする機会になっている、日常の楽しみや気づきが増えた、といった声がきかれました。とにかく気楽で安心できる時間になっているという声も。また半年後に振り返りの機会を設けて、自分たちの発見や変化を振り返ってみようと思います。


1月後半は哲学・言葉の日でした。テーマは『風姿花伝』。能を大成したといわれる世阿弥が今から600年前の室町時代に書いたものですが、今に新しく今に生きるメッセ―ジにあふれています。能楽論、芸術論にとどまらず、人生論や戦略論として今も読み続けられる所以を、時代背景と世阿弥の言葉を追ってみることで感じてみました。世阿弥の説く七段階の人生論には、肉体的・精神的発達過程を踏まえながら、どうあるべきかが具体的に記されています。また、身体芸としての芸術を一生かけて完成する芸術として捉えた世阿弥は、年をとることは喪失のプロセスでもあり、その喪失という試練を乗り越えていく心構え「初心」を忘れなければ、新しい境地へ進む可能性があること、そのための心構えまで語ってくれています。11月に読んだ『歎異抄』もですが、折々に触れてみたいと思う言葉に満ちていました。


2月は前半も後半も日本を知ろう!というテーマを用意しています。体験もできますので、ご参加お待ちしています。(ソガベ)


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# by tomotomoso | 2018-02-24 17:58 | ふむふむつうしん | Comments(0)